― デブリ取り出し前提からの転換が必要な段階に来ている ―
2011年の事故から15年が経過した
福島第一原子力発電所
では、炉心溶融によって生じた核燃料デブリの取り出しを中心とする廃炉計画が進められている。
この方針のもとで、日本は過去15年間にわたり膨大な資源を投入してきた。
研究開発費、技術開発、人材育成、遠隔ロボット開発、廃炉関連インフラ整備など、国家規模の努力が続けられてきたことは疑いない。
しかし、ここで冷静に考えなければならない。
長年の投資があるという事実そのものが、その政策の合理性を保証するわけではない。
むしろ、事故処理が数十年から一世紀に及ぶ長期事業である以上、状況と技術的現実を踏まえた戦略の再評価は不可欠である。
現在の廃炉政策は、「デブリを取り出す」という前提を中心に設計されている。
だが、この前提自体が本当に合理的なのかという問題は、改めて検討されるべき段階に来ている。
事故処理の本質は地下水問題である
福島事故処理の議論では、デブリ取り出しが中心課題のように扱われている。しかし工学的観点から見れば、事故後の最大の問題はデブリそのものではない。
最大の問題は地下水である。
福島第一の敷地は、山側から海側へ地下水が流れる地形にある。この地下水が原子炉建屋に流入し、高放射能物質と接触することで汚染水が発生してきた。
つまり事故処理の本質は
デブリを取り出すことではなく、放射性物質と水の接触を遮断すること
にある。
この視点に立てば、廃炉戦略の優先順位は根本から再整理される必要がある。
デブリ取り出しは極めて困難な作業である
福島事故では燃料が溶融し、圧力容器を貫通して格納容器底部へ落下した。燃料はコンクリートと反応し、MCCIデブリと呼ばれる固化物となっている。
この物質は
・ウラン燃料
・ジルコニウム
・鉄
・コンクリート成分
などが混ざった複雑な固化物であり、単なる燃料ではない。
巨大な放射性固化体に近い存在である。
格納容器内部の放射線は極めて高く、遠隔ロボットの運用も困難である。さらにデブリの位置や形状は完全には把握されておらず、取り出し作業には大きな不確実性が伴う。
また、取り出したデブリの処分方法も確立しているとは言い難い。
つまりデブリ取り出しは、従来の廃炉作業とは比較にならないほど困難であり、技術的にも長期的にも極めて不確実性の高いプロジェクトである。
廃炉政策は制度構造に縛られている
それでも日本がデブリ取り出しを前提としている理由は、必ずしも技術的合理性だけでは説明できない。
日本の原子力制度では、廃炉とは基本的に燃料を取り出し、原子炉を解体することと定義されている。また、高レベル放射性廃棄物は専用の処分場に送るという政策があり、原発敷地をそのまま処分場とする制度は存在しない。
こうした制度設計が、現地封じ込めという選択肢を採りにくくしている。
しかし制度は絶対ではない。
制度は現実に合わせて見直されるべきものである。
現地封じ込めという現実的な選択
重大事故炉の処理方法としては、デブリを取り出さずその場で封じ込める方法も存在する。これは国際的には entombment または in-situ disposal と呼ばれる。
この方法では
・地下水流入を遮断する
・格納容器内部を固定する
・建屋全体を封じ込め構造とする
・敷地を長期管理区域とする
といった処理を行う。
これは原子炉全体を巨大な放射性モノリスとして固定する方法であり、重大事故炉に対する一つの現実的な解決策である。
被害者への対応
居住地を追われ、あるいはふるさとを追われた人達への気持ちは尊重すべきものであり、被害者自らでない人が、約束をどうするかを語るのは常に非難の標的となり忌避されている。しかし、起きてしまったことは元には戻らず、相応の補償を真摯に行うことしかできないのではないか。現在でもデブリ取り出しによる解体では8兆円の試算であり、数十年後を考えるとこの何倍かかるかわからない。8兆円を直接の被害を受けている避難者3万人で割ると、一人あたり2億6千万円程度となる。計算自体は意味ないが、方法の取り方で相当な補償ができるはず。
結言
福島事故処理は、今後数十年にわたる国家事業である。
その長期性を考えれば、これまでの方針を固定的に守り続けることが必ずしも最善とは限らない。
重要なのは、過去の投資や政策判断に縛られることではない。
現在の技術的現実と将来の安全性を基準に、最も合理的な方法を選択することである。
15年間にわたる研究開発と投資は決して無意味ではない。
しかし、それが今後の政策を永久に拘束する理由になるわけでもない。
長期的な事故処理においては、時には
果断な戦略転換と冷静な損切り
が必要になる。
事故処理の目的は、計画を守ることではない。
社会と環境を長期的に安全に保つことである。
その目的に照らすならば、デブリ取り出しを唯一の前提とする現在の廃炉戦略は、一度立ち止まって再検討されるべき段階に来ている。

